●中島町の位置は?
中島町は、瀬戸内海の伊予灘北東部にあり、六つの有人島(野忽那島、睦月島、中島、怒和島、津和地島、二神島)と23の無人島で構成されている。このうち最も大きい島である中島が町の中心となっており、「瀬戸内シーサイド留学」が行われている野忽那島は、有人島のうち最も小さい島で、睦月島をはさんで中島の東に位置している。
野忽那島の人口・世帯数は、平成12年で217人、128世帯であり、人口は昭和60年から35%の減少、世帯数も同期間に25%と大きな減少をみている。年齢構成は、幼年人口が10人(4.6%)、生産年齢人口が74人(34.1%)、老年人口が133人(61.3%)となっており、幼年人口が極端に少なく、老年人口比率が6割を超えるなど、著しい少子高齢化社会となっている。
主な産業は、山がちな地形を利用した柑橘生産を主体とする農業と瀬戸内海を漁場とする沿岸漁業の第1次産業であるが、人口の減少とともに生産力も低下している。集落は野忽那漁港の背後の平坦地に密集立地する1集落のみであり、漁港背後の北側に野忽那小学校がある。
●これまでの取組みは?
野忽那島では、昭和40年代から人口の減少と高齢化が進み、地域の活力が低下する状況となっていた。こうしたなかで、昭和50年代後半に野忽那小学校の児童数が激減するという事態となった。教育現場では「よい刺激が少なく、競争心が生まれない」「団体スポーツができない」「運動会や学芸会などの学校行事に活気はない」など、児童数が少ないことの弊害が現れていた。一方、都市部では、核家族化の進展、受験戦争の激化、大気汚染等の環境悪化などから、発育期の子供たちにとっては好ましいとはいえない状況が生じていた。こうした状況を背景に、野忽那島の恵まれた自然とのびのびとした環境のなかに都会の小学生を迎え入れ、過密な都会の小学生と過疎の島の小学生が交流することによって、感受性が豊かで、個性あふれる人間を育成することを目的とて、地区の総意で「瀬戸内シーサイド留学」制度がスタートした。
昭和62年に「瀬戸内シーサイド留学」制度実行委員会を結成し、体験入学(1泊2日)を実施したところ、1名の強い入学希望があり、テストケースとして2学期からの受け入れを行った。この留学生が地域に活気を与えたことから、本格的な留学生の受け入れが始まり、昭和63年4月には8人の留学生を3軒の里親が預かることになった。
●都市漁村交流事業の内容は?
留学生の募集受付は随時行っているが、基本的には夏休みに1泊2日の「体験入学」(保護者同伴で島の様子を見てもらうとともに、地曳網やバーベキューなどで地元と交流)を行ってから応募してもらうことになっている。応募者は、冬休みに保護者同伴で「実行委員会」、小学校、里親の面接を受け、新学期(4月)からの正式受入が決定される。
募集基準は、(1)自然豊かな野忽那小学校での修学を希望する児童、(2)小学校1〜6年生に該当する児童で、留学期間は原則として1年間となっている(延長は可能)。留学制度といっても特別のカリキュラムがあるわけではなく、通常の野忽那小学校の授業や学校行事、島での生活に加わることになるが、島の自然や生活とふれあうという点からは、次のような活動に特徴がみられる。
・海にきたえる
魚釣り、地曳網体験、島巡り、海の活動(水泳、ボート、カヌー)等 ・太陽に学ぶ
勤労生産活動(さつまいも掘り、みかん採り)、貝拾い等
・花と育つ
小動物の世話、独居老人訪問、花づくり活動等
この留学制度は、発足時から平成15年度までは、里親による留学生の受け入れを前提に実施されてきた。しかし、更なる人口の減少と高齢化により、里親の申し出がなくなったため、平成16年度からは「留学センター」を設置し、寄宿制による留学生の受け入れとなっている。 |
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海での活動(カヌー・ボート) |
きれいな海で皆で海水浴 |
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