―神奈川県水産技術センター主任研究員 工藤 孝浩 氏に聞く―
工藤 孝浩
氏
神奈川県水産技術センター 主任研究員
1962年横浜生まれ。高校時代に生物部に在籍し、横浜港の魚を調べ始める。東京水産大学(現東京海洋大学)に進学し、横浜沿岸域の魚類について調査研究を続け、神奈川県庁入庁。1994年から現職。市民活動に積極的に関わり、海底清掃や環境教育活動を実施する。2001年にアマモ場の再生事業を立ち上げ、企業や住民、漁協その他多くの関連機関を巻き込んだ活動を続けている。
市民と行政のネットワークと協働によるアマモ場再生活動
―横浜のアマモ場再生事業は市民参加型の活動として注目を集めていますが、この活動のきっかけはどういうことだったのでしょうか
県庁の水産職で勤務していた頃、山下公園の海底掃除などを行っている市民団体「海をつくる会」に入会し、市民活動を行っている人たちと交流をしていたのですが、こういうところで頑張っている人たちから横浜の海をなんとかしたい、という声があがってきました。また、環境コンサルの技術者集団である「よこはま水辺環境研究会」でも、環境改善の手段としてアマモを植えようという動きが出てきまして、2000年にアマモの種子をまきました。
この時にまいた種子は定着しませんでしたが、結果的にはそれは本当に良かったと思います。というのは、このときの種子は岡山県産のもので、これがもし成功していたら、遺伝子のかく乱につながって行ったかもしれないからです。住民の方の熱意をきっかけとして動き出した活動ですが、その熱意に真剣に応えるためには、県が誘導し身元の正しい種子を提供していくことが、県の水産行政として、そして生物の専門家として重要な仕事であることを感じました。
―その後活動が本格的に始動するための力となったのは、やはり様々な人とのネットワークやそこから得られる協力ということが一番大きかったのでしょうか
2001年に、水産技術センターの仕事としてアマモに取り組むことになりましたが、予算はゼロという状況でした。やるべきことの第一として、県産の種子の確保がありました。天然のアマモ場から花枝を採取するのですが、これは非常にマンパワーを必要とする作業です。でも、「よこはま水辺環境研究会」をはじめ、大勢の市民ボランティアが協力してくれました。花枝を水槽で育てるという技術も確立していきました。
アマモの効率的な育成のためには直接海底に種まきするのが一番ということで、2002年には民間企業との共同研究による試験を行いました。でも、この年も予算がなかったので、民間企業に技術も機材も持ち込んでもらっての実施でした。
―その後、活動が事業化して進められてきたとお聞きしていますが、どのような展開があったのでしょうか
2003年になって、水産庁の水産基盤整備事業で神奈川県がモデルとして採択され3年間予算をつけてもらえることになりました。それはやはり、これまで地道に活動を継続して体制を整え技術を蓄積してきたことの結果だと思います。この事業では県が中心的な牽引役となり、NPOの「海辺つくり研究会」にアマモ場再生の適地調査と造成作業を委託しました。事業の最終年度には『かながわのアマモ場再生ガイドブック』を作成することができました。行政主導ではなく市民や現場の漁業者が主体となった活動の展開のためのマニュアルを示すことができるようになったと思います。
さらにこの年には、市民や企業、大学、行政の連携による「金沢八景−東京湾アマモ場再生会議」も発足しましたし、内閣官房の都市再生本部事務局による全国の都市再生モデル調査の一つとして金沢区白帆地先のアマモ場再生も「共同で行う都市部の海辺再生調査」として採択されるなど、活動が大きくステップアップしていきました。
『かながわのアマモ場再生ガイドブック』
(神奈川県環境農政部水産課・神奈川県水産技術センター・水産庁漁港漁場整備部計画課)2003.3
2005年度の水産基盤整備事業により刊行。アマモ場の役割や現状、アマモ場再生の手順、アマモ場の保全や活用について、これまでの活動から得られた知見をもとに解りやすくまとめられている。
<目 次>
1.
アマモ場ってどんなところ?
1) アマモ場の役割、2) アマモ場の生き物、3) アマモの呼び名と育ち方、
4) 神奈川県のアマモ場(過去と現在)
2.
アマモ場を再生しよう!
1) 仲間を集めよう、2) アマモが育つ場所を探そう、3) アマモを増やそう
3.
アマモ場を守り活用するために
1) アマモ場を観察しよう、2) アマモを活用しよう、3) 仲間を増やそう
4.
参考資料
2006年には神奈川県の単独事業として、職員提案事業というのに採択され、2009年までの3カ年事業として認められたのですが、事業主体は横浜市、技術とアマモの種子は県の提供、実際にアマモを植えるのはNPOや市民の人々、アマモ場の管理は地元の漁協というような役割分担を考えています。国や県の事業であっても、市民や企業からの支援を得てこそ実現できる活動なので、常に協働の範囲を広げていくという発想を大切にしていきたいと思っています。
リピーターも多い人気の海つくり体験
―アマモ場再生の活動では一般市民を募集して体験を行っていますが、具体的な活動内容について教えてください
アマモ場再生の活動では、年に数回一般の市民の方を募集して体験活動を実施しています。5月後半から6月にかけてのアマモ花枝採取会(昨年は5月20日と6月2日に実施)、7月末から8月にかけての種子選別会(昨年は7月28日に実施)、11月上旬の種まき(昨年は11月3日に実施)、そして苗床作り(昨年は11月17日に実施)です。
花枝採取は、走水海岸の天然アマモ場で行いますが、潮の満ち引きの関係で、一日で作業できる時間は限られます。最初に説明を行いますので、子供でも作業ができます。2003年の活動開始当初は10人程の参加者でしたが、どんどん増えて今では100人を超える応募があります。とにかく人手を要する作業なので、応募者が増えたことは本当にありがたいです。午前中に花枝採取、午後は水産技術センター(城ケ島)に戻り午前中に集めた花枝を仕分けし水槽に入れます。
水産技術センターの水槽で保管していた花枝が枯れると種子を回収します。成熟した種子は比重が大きくなるので、飽和食塩水の中で沈んだ種子だけを選別しますが、これが種子選別の作業です。午前中をこの作業にあて、午後はマダイの放流やスノーケリング、小さい子供には磯遊びなどをさせています。
種まきは海の公園にある柴漁港で行います。種まきにはコロイダルシリカ法と播種シート法があります。昨年はコロイダルシリカ法で行いました。これはコロイダルシリカというゲル状の物質にアマモの種を混ぜ、ダイバーが海底を掘って植え付けるのですが、体験参加者が行うのはコロイダルシリカに種子を混ぜるという根気のいる陸上作業です。午後には船に分乗し漁業者の話を聞いたり海上から種まき作業を見学したりします。
苗床作りは水産技術センターで行います。砂や腐葉土を入れたバットにアマモの種子を入れ苗床をつくります。ここで育った苗は翌年5月頃海に植えます。
―先ほど見せていただいたのがその苗床ですね
そうです。同じ時に植えたのに、長さがバラバラです。もう海に植えてもいいくらい育っている苗もありますし、まだまだ全然伸びてない苗もあります。生き物というのは一筋縄ではいかない難しさがあります。
苗床の水槽を見せてくれる工藤さん
育ち始めているアマモの苗
―アマモの体験は毎回100名を超える参加希望がある大人気のイベントと伺っていますが、募集はどのようにされているのでしょうか
県の広報や主催となっている「金沢八景−東京湾アマモ場再生会議」のホームページと小学校などへのビラまき、これまでの活動で得たネットワークの利用によって募集をかけます。それ以上の宣伝はしていません。どの作業も根気のいるきつい作業なのですが、リピーターが非常に多いです。逆にこちらが何でこんなことにこれだけ人が集まるのだろうと思うくらいです。でも、それだけ環境に対する意識が高まっているということと、自分たちの手で身近な環境を守るということへの熱意があるということなのだと思います。もう一つ、この会への参加者の特徴として、応募した人がほぼ100%当日参加するということがあります。それだけこのイベントに対する期待感が強いということの表れなのかもしれません。
種子選別は単調な作業ですし、種まき作業では一般参加者は陸上作業しかできません。特に子供たちは途中で飽きてしまうこともありますので、スノーケルで実際の海の中を観察させたり、ダイバーによって行われる種まき作業を船に乗って見に行ったりというプログラムも用意しています。
横浜の海をもっときれいに
―これからの活動の展開はどうなって行くのでしょうか
昨年11月の種まきイベントでは、「東京湾岸自治体環境保全会議」が共催となって、ここの予算で地魚料理の試食会を行いました。アナゴの天ぷらやサバの龍田揚げなど、漁協女性部の協力で料理を提供し、大変好評でした。ネットワークを広げていくことで新たな試みが実現し、面白い展開につながって行くと思います。
東京湾岸自治体環境保全会議
東京湾の水質浄化のための広域的な施策実施を目的として1975年に設立された「東京湾岸自治体公害対策会議」を前身とし、1999年度に「東京湾岸自治体環境保全会議」と改称。一般住民への環境意識の啓発や東京湾を一体的に捉えた環境行政の推進に務めている。構成は東京湾沿岸の1都2県16市1町6特別区。
また、金沢湾でアマモの移植を始めて5年経ちますが、金沢湾ではアマモ場が自律的に広がってきている状況です。この場所で花枝採取ができるくらいになってきていると思います。今後はもっと湾奥(みなとみらいや京浜運河)の方に活動を広げていきたいと考えています。
一般市民、NPO、民間企業、漁協、行政・・・とにかくありあらゆる人々が参加して造り上げてきた活動だということが本当によくわかりました。『横浜の海をきれいにしたい』という一つの目標に向かって、それぞれの専門知識や技術、熱意、力が集約されて科学的な根拠のある市民活動が行われているということを強く感じました。
もちろん、こういう動きに持っていけたのは、工藤さんの横浜の海を愛する情熱が共感を生み、また様々な技術者の支持を得た結果だということは間違いないと思います。しかも工藤さんをはじめ関わる人たちはみんな楽しみながら活動している、何よりそのことがこの活動を継続する原動力になっているのかもしれません。
(インタビュー・構成:海とくらし研究所 関 いずみ)